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神戸地方裁判所 昭和31年(ワ)369号 判決

原告 日下部同族合資会社

被告 株式会社時雨 外一名

主文

原告、被告両名間の昭和二十七年一月七日付神戸地方法務局所属公証人佐藤平亮作成第八二三四五号建物使用に関する契約公正証書に基づく契約上の紛争につき、仲裁人中谷吉次郎、同永由武秋両名が昭和三十年十一月十四日別紙仲裁判断裁定書記載の通りなした仲裁判断の主文中被告等に原告への給付を命ずる部分は被告株式会社時雨に対してのみ強制執行をすることが出来る。

原告の被告清水留吉に対する請求は棄却する。

訴訟費用中原告と被告株式会社時雨との間に生じた分は同被告の負担し、原告と被告清水留吉との間に生じた分は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「原告と被告両名間の昭和二十七年一月七日付神戸地方法務局所属公証人佐藤平亮作成第八二三四五号建物使用に関する契約公正証書に基づく契約上の紛争につき、仲裁人中谷吉次郎、同永田武秋両名が昭和三十年十一月十四日別紙仲裁判断裁定書記載の通りなした仲裁判断の主文中被告等に原告への給付を命じた部分は被告両名に対し強制執行することができる。訴訟費用は被告等の負担とする。」との判決並びに保証を条件とする仮執行の宣言を求めその請求原因として、原告はその所有に係る別紙第一目録記載の各建物で「舞子ホテル」なる名称を以てホテル業を経営していたところ、昭和二十三年十二月二十五日被告清水留吉に右各建物をホテル営業のために備付けた設備諸物件有姿の儘期間三年の約定で貸与したが、その後期間満了したので当事者双方協議の上、原告は改めて右各建物及びこれに附属する別紙第二目録記載の各物件を被告清水が代表取締役をしている被告株式会社時雨に貸与することとし原告会社と被告両名間に作成された昭和二十七年一月七日付神戸地方法務局所属公証人佐藤平亮作成第八二三四五号建物等使用に関する契約公正証書により次の如き契約の条項を定めた、即ち(1) 原告は右各建物及び各物件を「舞子ホテル」なる老舗と共に有姿の儘被告会社に貸与して使用せしめること、但し右使用関係は単なる賃貸借とは異る特殊の信託関係に基づく使用関係とし被告会社は善良なる管理者の注意を以て右物件の管理使用に当り良心的にホテルの経営に当ること、(2) 被告会社は原告に対し右使用料及び損料として一ケ月金十五万円を毎月二十五日限り其月分として支払うこと、(3) 建物保存に必要な修繕は原告において必要と認めるとき任意実施し、被告会社において、特に建物造作、庭園等の改良、修繕をなすときは予め文書による原告の同意を得ること(4) 右建物及びその敷地の固定資産税は被告会社の負担とし、被告会社は右固告資産税相当額として原告に毎月金二万円を使用料と共に支払い、過不足については期間満了の際清算すること、(5) 電力、電燈、水道、ガス、電話料金及び建物火災保険料のうち職業割増保険料は凡て被告会社の負担とする、(6) 原告の設備せる畳、建具、家具、什器、備品等は原告において目録を作成して被告会社に提供しその破損、紛失、修繕等は凡て被告会社の責任とする、(7) 被告会社は契約保証金として使用料等の三ケ月分(約五十万円)を原告に即時差入れること、(8) 契約期間は昭和二十七年十二月二十五日迄とし期間満了の際は当事者双方協議の上契約を更新することができる、(9) 期間満了し且つ契約を更新しないときは被告会社において建物等につき補修改造した諸施設は特に文書による反対の協定のない限り有姿の儘無償で原告に引渡すこと等。そして被告清水は右契約関係に基因し被告会社が原告に対して負担すべき債務につき連帯保証の責に任じると共に右公正証書第十五条の約款を以て右契約関係に関し原告と被告両名間に将来紛争を生じた場合は当事者双方において互に仲裁人一名宛を選定してその仲裁判断に服すべく、右選定した仲裁人間において意見の一致をみないときは、仲裁人合議の上更に最終の審判人を選定しその審判に服すること、右審判人の選定は合議不調のときより十日以内にすべく、仲裁人又は審判人の補充を要する場合は原選定の方法に準ずることと定めて民事訴訟法上の所謂仲裁契約を締結した。

そして右使用契約はその後期間満了の都度原告と被告等との合意により契約の更新をしてきたが、被告会社は当初より前記約定に反し、(7) の契約保証金を差入れないのみならず、被告会社の負担すべき(4) の固定資産税相当額一ケ月金二万円及び(5) の職業割増保険料の各支払をしなかつた上に、昭和二十八年以降からは(1) の使用料及び損料一ケ月金十五万円の支払を甚だしく遅滞し、原告の度重なる請求にも言を左右にして応ぜずよつて右契約関係につき当事者間に紛争が生じたので、原告は前記仲裁契約に基づき仲裁人の判断によつて右紛争を解決すべく昭和三十年二月四日仲裁人として永由武秋を選定し同月十九日書面を以つて之を被告等に通知すると共に七日の期間内に仲裁人選定の手続をなすべき旨催告したが、被告等は法定期間内にその選定手続をしなかつたので原告は更に昭和三十年五月十二日当庁に仲裁人選任の訴を提起したところ(当庁昭和三十年(ワ)第三六一号)、同事件の審理中被告会社は昭和三十年六月七日、被告清水は同月十三日それぞれ仲裁人として中谷吉次郎を選定すると共にそれぞれその旨を原告に通知して来たので原告は右訴を取下げた。そこで右仲裁人中谷吉次郎、同永由武秋の両名は右紛争解決のため現場の検証、関係証人及び当事者双方の各本人尋問をなし当事者間の従来の契約関係、舞子ホテルの経営実状、使用料等遅滞の事実及びその原因等を取り調べ適法な仲裁手続を経て昭和三十年十一月十四日別紙仲裁判断裁定書記載の通り仲裁判断をなし即時右仲裁判断の裁定書正本を原告、被告等に送達し尚其の正体は右正本の送達証明書と共に当庁に預け入れた。

よつて被告等は右仲裁判断中主文第二項、同第五項の(2) の定めるところに従つて原告に対し昭和三十年十二月二十五日限り金百八十万円を、又昭和三十年十一月以降毎月二十五日限り舞子ホテルの使用料並損料として一ケ月金十五万円を支払うべき義務あるに拘らず之を履行しなかつたので、原告は昭和三十年十二月二十七日付書留内容証明郵便を以て被告等に対し同仲裁判断主文第四項の(1) に基づき同第一項で確認した債務総額金三百二十四万六千八百十九円及び昭和三十年十一月、十二月分の使用料及び損料計三十万円の合計額金三百五十四万六千八百十九円を昭和三十一年一月十日限り支払うべき旨催告した。しかるに被告等はその後金十万円を支払つたのみで爾余の支払をなさず、右仲裁判断によつて定められた義務を履行する誠意が全くないので原告は本件訴状によつて同仲裁判断主文第五項(1) 乃至(3) の条項によつて更新せられた使用契約を同項の(4) に基づき解除し、右意思表示は昭和三十一年五月十五日被告両名に到達した。而して右仲裁判断主文第五項の(4) 所定の契約解除の上原告が明渡返還を請求し得る「建物其他の寄託物」については特に目録が添付されていないけれども、右「建物」は別紙第一目録記載の各建物であり、同「其他の寄託物」は別紙第二目録記載の各物件であることについては当時、当事者双方に全く争がなかつたので右仲裁判断裁定書に該目録を添付することが省略されたに過ぎず、従つて原告が前記契約を解除した上は当然別紙第一目録記載の各建物及び同第二目録記載の各物件の明渡及び返還を求め得べく、よつて原告は右仲裁判断に基づき右建物及び物件の明渡返還を求める他同主文中被告等に原告への給付を命ずる部分の履行を求めるため、被告両名に強制執行を致したく之が執行判決を求めると述べ、被告等の主張は争う。

尚被告会社の主張に対しては、

(一)  原告は別紙第一目録記載の各建物及び同第二目録記載の各物件を舞子ホテル経営のため被告会社に貸与する以前は被告清水に被告会社に対すると略々同一の契約内容で貸与していたところ、被告清水は同被告の負担すべき右家屋の固定資産税相当額、職業割増火災保険料の支払をしなかつたのみならず、使用料の支払も遅滞し、且つ右各建物及び物件を原告に無断で被告清水が代表取締役をしていた被告会社に使用貸し同会社をして舞子ホテルの経営に当らしめる等の契約違反を重ねたので、原告はその不法を責め一応は契約の解除を主張したが被告清水の懇請により同被告との契約を合意解約したこととし改めて被告会社に前述の約定で右各建物及び物件を貸与した経過であるところ、原告は被告会社と右契約を締結するに際し被告清水が被告会社の連帯保証人となること及び契約は公正証書によつてなすことを条件とする外、当時舞子ホテルの経営実状及び被告清水の従前の態度よりすれば将来被告等が右契約上の義務履行を遅滞する惧れが多分にあつたので、右不履行による紛争の解決は、時間と経費を要する通常の訴訟手続によらずして仲裁人の仲裁判断によつて簡易早急に解決することを強く主張し、その旨被告会社の代表取締役である被告清水の了解を得て仲裁契約を締結したのであつて従つて当時清水留吉が所謂仲裁手続を知らずして契約を締結したのではない。仮りに清水留吉が仲裁判断の法律手続及びその効果を詳細且つ正確に知らなかつたとしても右は所謂法の不知に過ぎないから之を以て仲裁契約の要素に錯誤があるとは云い難い。

(二)  次に被告会社は民事訴訟法第七百八十九条第一項の期間経過後に仲裁人として中谷吉次郎を選定したから右選定は無効であると主張するか、右七百八十九条第二項は同条第一項によつて仲裁人選定の手続をなすべき催告を受けたものが同項所定の七日の期間内にその選定をしなかつたときは管轄裁判所が先きに仲裁人選定の手続をなした者の申立により仲裁人を選定すべき旨を規定しているに止まり右期間の徒過によつて催告を受けた相手方の仲裁人選定権が当然に消滅すること迄も併せ規定しているものではなく他に右選定権が当然に消滅することを定めた規定はない。従つて右第七百八十九条第一項の期間を徒過し且つ仲裁人選定の訴が提起された後においてもその判決ある迄は相手方において仲裁人を選定することができると解すべきであつて被告会社のなした仲裁人選定手続には何等の違法はない。被告引用の大審院判決は法律の解釈を誤つたもので当然変更さるべきである。

仮りに右主張が認められないとしても原告が当庁に提起した昭和三十年(ワ)第三六一号仲裁人選定の訴を取下げることを条件として昭和三十年六月八日原、被告間において原告は永田武秋を被告は中谷吉次郎を夫々仲裁人として各選定しその仲裁判断に服する旨の新たなる合意が成立したのであるから仲裁人選定手続が無効であるとの被告会社の主張は理由がなく失当である。

(三)  又被告会社主張の当事者双方本人の審尋手続において仲裁人等が原告会社代表者日下部泰雄本人を審尋せず、之に代えて原告会社の有限責任社員日下部久男を本人の意味で審尋したことは認めるが右久男は泰雄から被告等との別紙第一目録記載の各建物における舞子ホテル経営に関する契約関係につき一切の処理権原を与えられていたのみならず、被告等の義務不履行による紛争の解決についてはその後原告会社の社員総会の決議によつて右契約の解除明渡の交渉等につき一切の権原を与えられ、よつて久男が全部その衝に当つていた関係から、仲裁人によつてなされる原告会社代表者本人の審尋手続についても、久男は泰雄より同人に代つて右審尋を受けるよう委託を受けその代理人として審尋を受けたのであるから仲裁判断において当事者を審訊することを必要とした法律の規定にもとるところはない。又被告会社代表者本人の審尋についても被告清水は被告会社の代表取締役であつて被告清水個人と被告会社代表者本人の二つの資格を兼ねて同時に清水留吉の審尋がなされたのであるから右審尋手続に何等の違法はない。

(四)  更に被告会社は仲裁判断に理由が付せられていないと主張するが、仲裁判断に付せらるべき理由は裁判所の判決理由の如く個々の事実及びこれに対する証拠並びに法律の適用を論理的明細に記述し以て主文のよつて来る合理的根拠を示す必要はなく仲裁人が相当と認める程度の理由を付せば足ると解すべきところ、別紙仲裁判断裁定書の理由は抽象的ではあるが極めて行届いた配慮の程が認められ仲裁判断の理由としては之を以て足ると云うべきである。

(五) 尚被告会社は別紙仲裁判断裁定書記載の仲裁判断主文中第四項の(3) 、同第五項の(4) 及び(5) は当事者双方の申立てない事項について判断しているから無効であると主張するか、右仲裁手続において原告は被告会社に対し別紙第一目録記載の各建物等の使用に関する契約の解除を主張してその明渡を強く求めたのに対し被告会社は引き続きその貸与を求めて止まなかつたところ、仲裁人永由同中谷の両名は右両当事者の主張を勘案し双方の立場と事実関係を吟味した上、将来あり得べき被告会社の契約上の義務不履行に対しては当事者双方からの明示的申立はなかつたか前記各条項のような罰則的条項を付してその履行を確保し以て被告会社に引き続き別紙第一目録記載の各家屋等を貸与して舞子ホテルを経営させることが最良の解決案であるとして別紙仲裁判断裁定書の通り仲裁判断をしたものであつて、これは裁判にみることの出来ない高度の常識的配慮による解決であり右条項を附加したことは何等非難するに値しない。

次に被告清水の主張に対しては(一)仮りに被告清水がその主張の如く仲裁契約の直接の当事者でないとしても同被告は被告会社が原告に対し負担すべき一切の債務につき連帯保証の責に任じたものであるから、被告会社の仲裁契約に関する義務についても当然に責任を負い右仲裁契約に拘束さるべきである。(二)又被告清水個人が仲裁人を選定した事情は被告清水が被告会社の代表取締役として同会社の為仲裁人中谷吉次郎を選定してその旨原告に通知して来たので原告はその後更に原告会社の社員多田昌一郎をして被告清水個人についても仲裁人を選定すべく催告せしめたところ、同被告は昭和三十年六月十三日口頭を以て同じく右中谷吉次郎を仲裁人に選定する旨原告に通知して来たものであると述べ、

立証として甲第一号証乃至第三号証、第五号証乃至第十一号証を提出し、証人中谷吉次郎、同永由武秋、同多田昌一郎、同日下部久男の各証言、原告会社代表者日下部泰雄本人尋問の結果を援用し、乙号各証の成立を認め、尚乙第四号証乃至第八号証の原本の存在は認めると述べた

被告等訴訟代理人は「原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求め答弁として、原告の主張事実中被告清水が原告主張の舞子ホテル経営のために設備された建物及び物件を借り受け同ホテルを経営していたところ、その後昭和二十七年一月七日被告会社が同ホテル経営のため右建物及び物件を原告主張の公正証書により仲裁契約の点を除きその主張通りの約定で借り受けたこと、被告清水が右契約関係に基因して被告会社の負担すべき債務につき連帯保証の責に任じたこと、原告が仲裁人として永由武秋を選定した後その主張の如く仲裁人選定の訴を当庁に提起し該訴訟の審理中に被告会社が仲裁人として中谷吉次郎を選定したこと、及び右仲裁人両名によつて別紙仲裁判断裁定書記載の通り仲裁判断がなされその裁定書正本が被告両名に送達されたことはいずれも認める右裁定書原本が当庁に預けられたことは不知、その余の事実は争うと述べ、被告会社の関係において、

(一)、原告主張の公正証書第十五条には原被告間に紛争が生じた場合は仲裁人を選定しその裁定に服すること及びその選定方法につき規定しているが右は民事訴訟法上の仲裁契約を締結した趣旨ではない。即ち当時被告会社代表者清水留吉は民事訴訟法に所謂仲裁契約なるものは勿論のこと、これによつて裁判を受ける権利を喪失し且つ仲裁人による仲裁判断が確定判決と同一の効力あること等は全く知らず、本件訴状の送達を受けるに及んで始めて原告がその主張の仲裁判断を民事訴訟法上の仲裁判断であるとして之に執行判決を求めていることを知つた次第であつて、要するに公正証書第十五条の約款は単に当事者間に生ずる紛争の解決としてその仲裁を知人たる第三者に依頼する趣旨のものとして合意したに過ぎず之によつて民事訴訟法上の仲裁契約を締結したのではない。仮りにそうでないとしても右仲裁契約を前述の如きものとして締結した被告会社の意思表示の要素に錯誤があり無効である。

(二)、仮りに右仲裁契約が有効に成立したとしても、その後の仲裁人中谷吉次郎の選定手続は無効である。

即ち原告はその主張の如く被告会社に対しその選定した仲裁人永由武秋を指示して七日の期間内に仲裁人選定手続をなすべき催告をしたが、被告会社は右期間内に仲裁人を選定しなかつたので、原告は更に当庁に仲裁人選任の訴を提起し(当庁昭和三十年(ワ)第三六一号)該訴訟の審理中に被告会社において仲裁人中谷吉次郎を選定した経過であるところ、民事訴訟法第七百八十九条によれば仲裁契約によつて当事者双方が各仲裁人を選定する権利を有する場合にその一方が書面を以て相手方にその選定した仲裁人を指示し且つ七日の期間内に同一の手続をなすべく催告したにも拘らず、相手方が右期間中に仲裁人選定の手続をなさないときはその仲裁人選定権を喪失し爾後は管轄裁判所によつてのみ仲裁人を選定すべきであると解すべきであるから、(大正九年九月八日大審院判決、大審院判決録二六輯一三一九頁以下)前記仲裁人中谷吉次郎は被告会社が右七日の期間を徒過しその仲裁人選定権を喪失した後に選定したのであつて右選定は無効である。

(三)、又原告主張の仲裁手続において仲裁人等は当事者の審尋をしていない。即ち仲裁人等は別紙仲裁判断裁定書の「理由」に記載の通り「申立会社原告側多田昌一郎の外本人尋問の意味で日下部久男を、又相手方(被告)本人清水留吉を尋問」したのであるが、右多田が証人の地位に立つ第三者である事は勿論日下部久男も原告会社を代表乃至代理する権限はなくかかる者を仲裁人の独断で一方的に代表者本人に代え、且つ本人の意味で審尋することは出来ないし、又右仲裁判断の相手方当事者は被告両名であるが相手方(被告)個人として審尋されたに過ぎず被告会社の代表者本人としては審尋を受けていないことは前記記載に徴し明らかである。よつて右仲裁手続は原告及び被告会社の当事者を審尋しない違法がある。

(四)、次に原告主張の仲裁判断には主文のよつて来る合理的な理由が記載せられていない。即ち主文第一項の金三百二十四万六千八百十九円の債務を確認した根拠、同第二項の金百八十万円の支払を命ずる根拠は全く不明であり、又同第四項の(2) (3) 、同第五項の(4) (5) (6) 等の主文の因つて来る理由については何等の説明もない。

(五)、仮りに以上の主張が認められないとしても仲裁手続は憲法第三十二条に違反し無効である、仮りに憲法違反でないとしても民事訴訟法上裁判所は当事者の申立てない事項について判決出来ないところ仲裁手続において仲裁人に右裁判所のなし得る以上の権限を与えているとは解し難く従つて仲裁人も又当事者の申立ない事項については仲裁判断をなし得ないと解すべきである。しかるに原告主張の仲裁判断中その主文第四項の(3) 同第五項の(4) (5) はいずれも当事者双方の申立てなくして判断されたものであつて当然取消さるべきである。

又被告清水留吉の関係において、(一)原告主張の公正証書第十五条に定める契約はその記載自体から明らなとおり原告と被告会社との契約であつて被告清水は右契約の当事者ではない、従つて同被告は原告主張の仲裁契約をしたことはない。(二)仮りに被告清水が原告主張の仲裁契約をしたとしても同被告は個人の資格において仲裁人中谷吉次郎を選定したことはない。(三)仮りに以上の主張が認められないとしても前記被告会社主張の(一)、(三)乃至(五)の法律上及び事実上の主張を全部援用する。

而して以上被告両名の主張した事実は何れも民事訴訟法第八百一条所定の仲裁判断取消の事由に当るから本件仲裁判断の執行判決を求める原告の請求は失当である、尚右被告等の主張に対する原告の再主張は争うと述べ、

立証として乙第一号証乃至第八号証を提出し尚乙第四号証乃至第八号証は当庁昭和三十年(ワ)第三六一号事件に編綴の書証写であると附陳し証人中谷吉次郎の証言及び被告清水留吉本人尋問の結果を援用し甲第一号証乃至第三号証第五号証乃至第八号証第十一号証の成立は認める甲第九号証第十号証の成立は不知と述べた。

理由

原告が昭和二十七年一月七日付神戸地方法務局所属公証人佐藤平亮作成第八二三四五号建物等使用に関する契約公正証書により被告会社に対し舞子ホテル経営のため設備された建物及び物件をその主張の(1) 乃至(9) の約定で貸与し、被告清水が右契約関係に基因し被告会社の負担すべき債務につき連帯保証の責に任じたことは当事者間に争なく、右貸与した建物及び物件が夫々別紙第一目録記載の各建物及び同第二目録記載の各物件であることは被告等において明らかに争はず、又その後右契約関係につき紛争が生じ原告は仲裁人永由武秋を被告会社は同中谷吉次郎を各選定し、右仲裁人両名が昭和三十年十月十四日別紙仲裁判断裁定書記載の通り仲裁判断をなしたことは当事者間に争ない。

そこで先づ原告の被告会社に対する請求について判断するに成立に争ない乙第一号証によれば前記公正証書による原、被告間の使用契約書の第十五条において「甲(原告)乙(被告会社)何れか本契約に付て紛議を生じ甲乙間にて解決不能の場合は甲乙互に壱名宛の仲裁人を選定し其裁定に服従すること、甲乙双方の選定した仲裁人間に於て意見の合致を見ない場合は仲裁人合議の上更に最終の審判者を選定し其審判に服従すること、仲裁人並に審判者の選定は合議不調の時より拾日以内に其選定を為すこと、仲裁人並に審判者の補充を要する場合は原選任方法に準ずること」と定めていることが認められるところ右の契約条項は民事訴訟法上の仲裁契約を定めたものと解するを相当とするところ被告会社はその代表者清水留吉は右の条項を以て単に紛争の調停を第三者に依頼する趣旨に解して合意したに過ぎぬから未だ当事者間に民事訴訟法上の仲裁契約の合意は成立していないと主張するけれどもこの点に関する被告清水留吉本人の供述は信用し難いだけでなく凡そ意思表示はその客観的表示の内容に従つて効力を生じ当事者の内心的効果意思の如何によつて左右されることはないとせねばならぬから被告会社の右主張はそれ自体失当であるというべく又被告会社は仮に当事者間に仲裁契約が成立したとしても清水留吉は右契約の当時民事訴訟法上の仲裁契約なるものの法律的性質その効果等については全く知るところがなかつたのであるから意思表示の要素に錯誤がある旨を主張するけれどもたとい契約当事者がその契約の法律的性質乃至効果等について詳知しなかつたとしても右は単なる法律の不知に止まりこれを以て直に法律行為の要素に錯誤があるものと云い得べきでないことは明であるから被告会社の右主張はこれを採用することができぬ。

次に被告会社は右仲裁契約に基く仲裁人選定権を喪失した後になされた仲裁人中谷吉次郎の選定は無効であると主張するので判断するに原告が前記仲裁契約に基き昭和三十年二月四日仲裁人永由武秋を選定して同月十九日被告会社にその旨を指示し且七日の期間内に仲裁人選定手続をなすべき旨を催告したが被告会社は右期間を徒過したので原告は昭和三十年五月十二日当庁に仲裁人選任の訴を提起し(当庁昭和三十年(ワ)第三六一号)該訴訟の係属中被告会社において中谷吉次郎を仲裁人として任意選定した経過であることは当事者間に争がなく成立について争のない乙第二号証並に証人中谷吉次郎同永由武秋の各証言に本件弁論の全趣旨を綜合すると被告会社は前記仲裁人選任訴訟の係属中である昭和三十年六月七日に中谷吉次郎を仲裁人として選定した上同月八日附書面を以てその旨を原告に指示したのに対して原告は何等異議を述べることなく却つて前記仲裁人選任訴訟を休止満了により終了せしめることによつて黙示的に右選任を受諾しよつて右中谷吉次郎永由武秋の両仲裁人によつて仲裁手続が進められた結果原告主張の仲裁判断がなされたことが認められるところで被告会社が中谷吉次郎を仲裁人として選定した旨を原告に指示しよつて同人の関与の下に仲裁手続が進められたことが上述したとおりであるにかかわらず後日に至つて被告会社が自ら右仲裁人の選定が違法であることを主張立証することは禁反言の原則に反するものとして許されないばかりでなく仲裁契約により当事者双方が仲裁人の選定権を有する場合において先に手続をなす相手方から仲裁人を選定すべき旨の催告を受けた当事者が法定の期間内に仲裁人の選定をしない場合には管轄裁判所が相手方の申立により仲裁人を選定すべき旨を定めた民事訴訟法第七八九条の解釈として右期間を徒過した当事者は自己の利益のために認められた仲裁人の一方的選定権を失う結果として以後裁判所が法定の手続によつて選定するところにまたねばならぬけれどもこのことは必しも右期間経過の後において当事者双方の合意により他の一名の仲裁人を選定することを妨げるものではないと解するを相当とするところ原告が被告会社から中谷吉次郎を仲裁人として選定する旨の指示を受けよつて係属中の仲裁人選任訴訟を休止満了せしめることにより右選定を受諾する旨の黙示の意思表示をなしたものと解し得ることが前述したとおりである本件において右中谷吉次郎は結局適法に仲裁人に選定せられたものとするのが相当であるからこの点に関する被告会社の主張はこれを採用することができぬ。

次に被告会社は本件仲裁手続において仲裁人等は原告会社並に被告会社各代表者本人の審訊をしなかつた違法がある旨を主張するところ仲裁人等が原告会社代表者日下部泰雄の訊問に代えて日下部久男を審訊したことは原告の自認するところであるが原告会社代表者本人の供述によつて成立を認め得る甲第九、第十号証に証人中谷吉次郎同永由武秋同多田昌一郎同日下部久男の各証言及原告会社代表者本人訊問の結果を綜合すると原告会社は函館岐阜神戸東京等に不動産を所有しその管理運営並に保存を目的とする合資会社であるが原告会社の無限責任社員として代表権原を有する日下部泰雄及その先代弥三郎は岐阜市に在住している関係から神戸市内にある舞子ホテル建物等の運営管理について同市内に居住する原告会社の有限社員日下部久男に一切の代理権限を与えよつて同人は自己が代表取締役をしている神戸市生田区西町所在の日下部汽船株式会社内に原告会社の出張所を設けてその事務処理に当つていたこと従つて原告会社が舞子ホテル建物等を被告会社に貸与するに際しても右久男がその折衝に当つたのみならずその後被告会社の義務不履行に基因する紛争解決のために前記仲裁契約による仲裁判断を求めるについても久男は代表者泰雄に遂一事情を報告してその包括的委任を受けていた関係であること及び右久雄は仲裁手続の進行に伴い原告会社として所定の審訊を受ける方法について電話を以て泰雄の意向を尋ねたところ泰雄は右舞子ホテル建物等の運営管理について予ねて包括的代理権原を有し又その事情に精通している久男がその衝に当るよう指示委任するところがあつたので右久男において原告会社代表者に代つて仲裁人の審訊を受けた関係であることを認めることができるところで法定の手続要件としての審訊は当事者にその機会を与れば足り必しも現実に尋問応答がなされることはこれを必要としないのであるから前記のような事情の下に原告会社代表者たる日下部泰雄が自ら審訊を受ける機会を抛棄した上これに代えて有限責任社員たる日下部久男をして訊問応答を受けしめたとしても必しも直に違法であると断じるには足りず却つて右日下部久男において事実上原告会社神戸営業所の支配人と同一の包抱的代理権原を有していたこと並に前記仲裁人等が久男の右資格を承認して同人ついて尋問応答を実施したことが上述のとおりである本件において同人についてなされた審訊は適法であるとせねばならぬからこの点に関する被告会社の主張は失当である次に被告会社代表者本人の審訊についてみるに成立に争ない甲第一号証証人中谷吉次郎、同永由武秋の各証言によれば被告清水は被告会社の代表取締役であると同時に被告会社の原告に対して負担すべき債務につき連帯保証をしていたので仲裁人永由、同中谷の両名はその仲裁手続において清水留吉を被告会社の連帯保証人個人として審訊すると同時に併せて被告会社の代表者本人として審尋したが別紙仲裁判断裁定書の理由には之を簡略にして「相手方清水留吉の訊問をし」と記載したに過ぎないことが認められるから此の点に関する被告会社の主張も又失当である。

更に又被告会社は原告主張の仲裁判断には理由が付せられていないと主張するので判断するに、前掲甲第一号証によれば右仲裁判断裁定書の「事実」と題する部分には申立人たる原告の主張として原被告間の別紙第一目録記載の各建物等舞子ホテルの使用契約関係及び被告会社が昭和二十八年以降右契約に基づく使用料等の支払を遅滞して紛争が生じた結果仲裁判断を申立た経過を掲げた後「四、而して昭和三十年六月三十日現在の延滞額の計算は次の通りである。一、金二百十万円也、使用料及損料(月額十五万円)一、金九十九万八千十九円也、固定資産税延滞額、一、金十四万八千八百円也、職業割増火災保険料延滞額、合計金三百二十四万六千八百十九円。」「五、如斯一ケ年以上の使用料延滞を重ねて依然誠意ある解決の見込がない以上契約解除の上明渡返還等の請求を余儀なくせられる状態に立到つた次第である。」と記載し、又相手方の主張として、被告会社は一般経済界不況の余波を蒙つて別紙第一目録記載の各建物における舞子ホテルの経営難に陥りその使用料等の支払を遅滞していたところ原告にその大幅な減額方を申立てた結果昭和三十年六月末日の延滞額は金百二十五万円であること、及び今後は右使用料等を金十万円程度とし且つ被告会社の負担すべき固定資産税、職業割増火災保険料の支払を免除して右各建物を引き続き被告会社に使用させて貰いたいこと等を申立てた旨記載した上その「理由」と題する部分において右事実関係を取り調べ『……慎重且精細の調査研究を重ねた結果一般経済界の変動状態、営業成績並に将来の見透し両当事者の能力、熱意等の外法律上の権利義務関係と係争事案解決の便宜等の諸点を彼此考慮加減の結果将来への継続経営可能の目標下に主文の如く裁定した』と理由付けられていることが認められる。ところで仲裁判断に付せられるべき理由は判断の基礎となつた事実及びこれに対する証拠を挙示し且つ法律の適用を示して論理的明細に記述する必要はなく、仲裁人が如何にしてその判断をなしたかを知り得る程度に記載すれば足りるところ、右認定の仲裁判断裁定書に記載の「事実」及び「理由」に、その主文を併せ読めば右仲裁判断は当事者双方の主張するところを前提としてその中間に権利義務を確定したものであつて、その主文第一項は原告の主張する昭和二十八年以降の被告会社の使用料等の延滞債務全額の存在する事実を確定したこと、同第二項は同第三項と相まつて右第一項所定の金額の内被告会社において仲裁人等の妥当と認めた金百八十万円を第二項所定の期間内に支払つたときは被告会社の残額支払義務を免除する趣旨で定められ、又第四項の(1) 及び(3) は被告会社が右第二項の金員を所定期間内に支払はなかつた場合の罰則として定め且つ同項の(2) は右不履行に対する強制執行の方法を定めたことが認められるし、又主文第五項は被告会社の主張通り舞子ホテル経営の為に設備された建物及び物件は同会社において引き続き原契約通りの約定で使用できることを確定し、同項の(2) は右使用料等を原告主張通り一ケ月金十五万円と認め、固定資産税の分担金並に建物に対する職業割増火災保険料は被告会社主張通り当分の間その支払義務のないことを確定したこと、更に同項の(3) は原告の主張する被告会社の契約保証金を差入れるべき債務につき期限の猶予し、同項の(4) 、(5) は被告会社が右契約関係に基因して負担すべき債務の履行を遅滞した場合の失権約款として契約関係の終了及びこれに伴う原状回復の方法並に損害賠償の予定等を通常の例に従つて定めたこと、同項の(6) は被告清水が被告会社の負担する債務につき連帯保証の責に任じたものとしてその連帯保証債務を確定したことが認められ、よつて右主文の通り仲裁判断がなされるに至つた理由を知るに充分であるから此の点に関する被告会社の主張は失当である。

そこで被告会社は仲裁手続は憲法第三十二条に違反すると主張するが同条は何人もその意思に反して裁判所の裁判を受ける権利を奪はれないことを保証するものであつて、当事者間の自由な解決処分に任して差支えない私法上の生活関係から生ずる紛争について、当事者の合意する方法によつて私設の裁判官たる仲裁人を選定してその仲裁判断に服することを約し以て自ら裁判を受ける権利を放棄することは何等右憲法の規定に違反するところはないから被告の右主張は失当である。尚又被告会社は原告主張の仲裁判断主文第四項の(3) 同第五項の(4) 、(5) は当事者双方の申立てない事項に対して判断したから違法であると主張し、当事者双方が右各事項を特定明示して申立てなかつたことは当事者間に争ないけれども、当事者間の合意により私設の裁判官たる仲裁人が紛争解決の為行う仲裁手続には通常の訴訟手続と異つて一般に民事訴訟法の定める手続規定の厳格な適用はなく、従つて当事者は仲裁人に対し民事訴訟における訴提起の如く法律的に当否の判断できる一定の権利主張として請求の趣旨及び原因を明示してその判断を求める必要はなく、又仲裁人は偶々当事者の申立た特定の権利主張乃至は事項についてのみ判断すべき拘束を受けることなく、当事者間に生じた紛争事件全部を解決するため法律の規定のみに依拠することなく種々の事情を参酌して公平の見地から判断出来ると解すべきところ、前段に認定の事実及び証人中谷吉次郎、同永由武秋の各証言を綜合すれば右主文第四項の(3) 同第五項の(4) 、(5) は原被告間における別紙第一目録記載の各建物等舞子ホテルの建物及び物件の使用に関する契約関係につき生じた紛争を解決する為の一条項として定められたことが認められるからこれにつき判断したことに何等の違法はなく、被告会社の右主張も亦失当である。

よつて被告会社は原告主張の仲裁判断に従つて同仲裁判断所定の義務を履行すべきところ、成立に争ない甲第二号証、証人多田昌一郎、同日下部久男の各証言を綜合すれば、被告会社は右仲裁判断主文第二項所定の金百八十万円を昭和三十年十二月二十五日迄に支払はず、又同第五項の(2) に定める昭和三十年十一月、十二月分の使用料等合計金三十万円を支払はなかつたので、原告は被告会社に対し同年十二月二十七日付書留内容証明郵便を以て同仲裁判断主文第四項の(1) に基づき同第一項で確認した債務総額三百二十四万六千八百十九円及び同年十一月、十二月分の使用料等計三十万円、以上合計金三百五十四万六千八百十九円を同三十一年一月十日限り支払うべき旨催告したことが認められる。してみれば被告会社は右不履行により原告主張の仲裁判断主文第四項の(1) によつて同第一項の金三百二十四万六千八百十九円に、同第四項の(3) 所定の損害金を附加して支払うべき義務を負担したものと云わなければならない。又原告が被告会社の前記不履行を原因として本件訴状により同仲裁判断主文第五項所定の契約を同項の(4) に基づき解除し右意思表示が昭和三十一年五月十五日被告会社に到達したことは当裁判所に顕著な事実であるところ、成立に争ない甲第七、八号証、証人中谷吉次郎、同永由武秋、同多田昌一郎の各証言及び弁論の全趣旨を綜合すれば、右仲裁判断主文第五項の(4) 所定の契約解除の上明渡を命ずる「建物其他の寄託物」は夫々別紙第一目録記載の各建物及び同第二目録記載の各物件であることが認められるから被告会社は原告に対し右仲裁判断に従つて右各建物及び物件を同項の(5) 所定の損害金を付して明渡し返還すべき義務がある。

してみれば原告が被告会社に対し右仲裁判断に基づきその主文中被告会社に原告への給付を命じた部分全部の義務履行を求めて強制執行するため、これに執行判決を求める原告の請求は正当である。

次に原告の被告清水に対する請求について判断するに、原告は被告清水との間においても被告会社と同様の仲裁契約を締結したと主張するが右事実を認めるに足る証拠はなく、却つて前掲乙第一号証によれば原告主張の仲裁契約はその第十五条において「甲及乙何れか本契約に付て紛議を生じ甲乙間において解決不能の場合は甲乙互に壱名宛の仲裁人を選定し其裁定に服すること、云々」と規定し(甲・乙)即ち原告と被告会社との契約として定められているのであつて被告清水は右契約の当事者ではないことが認められ他に右認定を覆えすに足る証拠はない。更に原告は被告清水は被告会社の負担すべき債務につき連帯保証をしたから被告会社が主たる債務につき原告と締結した仲裁契約に当然拘束さるべきであると主張しなるほど保証債務は主たる債務と同一の内容を有するけれども主たる債務とは別個のものであるから、主たる債務について仲裁契約がなされたからと云つてこれが保証債務に当然に及ぶとは解し難く、保証人は右主債務に関する仲裁契約にはかかはりなく独立して保証債務の存否につき裁判所の裁判を受けることができると解すべきであつて原告の右主張はそれ自体失当である。してみれば原告主張の仲裁判断は被告清水に対しては仲裁契約なくしてなされたものであつて民事訴訟法第八百一条第一項第一号に規定する取消原因があると云うべく、よつて同被告に対して執行判決を求める原告の請求は爾余の判断をまつ迄もなく失当である。

よつて原告の本訴請求中、被告会社に対し執行判決を求める部分は正当であるから之を認容し、被告清水に対して執行判決を求める部分は失当であるから之を棄却し、訴訟費用につき民事訴訟法第八十九条を適用し、尚仮執行の宣言についてはその必要が認められないから右申立を棄却し主文の通り判決する。

(裁判官 河野春吉 金末和雄 後藤勇)

第一目録

神戸市垂水区舞子町字山ノ上千七百七十六番地上

一、木造瓦葺三階建居宅一棟

建坪十九坪八合、一階以外坪四十七坪

一、木造瓦葺平家建居宅一棟

建坪三十二坪

一、木造瓦葺平家建居宅一棟

建坪五十三坪九合

一、木造瓦葺平家建便所一棟

建坪〇坪五合

一、木造瓦葺平家建居宅一棟

建坪四十八坪七合

一、木造瓦葺平家建居宅一棟

建坪十坪五合

一、木造瓦葺二階建居宅一棟

建坪五坪、二階坪五坪

一、木造瓦葺二階建居宅一棟

建坪九坪、二階坪八坪

一、木造瓦葺二階建旅館一棟

建坪百二坪八合、二階坪九十坪三合

第二目録

表〈省略〉

仲裁判断裁定書

岐阜市米屋町二十四番地

申立人 日下部同族合資会社

右代表無限責任社員

日下部泰雄

神戸市生田区元町通三丁目三百三十一番地

相手方 株式会社時雨

右代表取締役

清水留吉

右同所

相手方 清水留吉

右当事者間の舞子ホテルに関する仲裁判断事件に下記仲裁人両名は次の通り仲裁判断の裁定をする。

主文

一、相手方株式会社時雨は申立人日下部同族合資会社に対し神戸市垂水区舞子町所在舞子ホテルの建物等使用に関する契約上の使用料等の債務が昭和三十年六月末日現在総額金三百二十四万六千八百十九円也を負担することを確認する。

二、相手方株式会社時雨は昭和三十年十二月二十五日限右債務中の金壱百八十万円也を申立会社に対し持参又は送金支払をなすべきものとする。

三、申立会社は相手方が前項の金額を其期限内に弁済を完了したときは其残額債権を抛棄すべきものとする。

四、相手方が第二項所定の金額の弁済に付き期限を遅怠したときは

(1)  第三項の残額免除の条件は当然其効力を失い相手方は申立会社に対し第一項の確認債務総額を一時に支払う可きものとする。

(2)  前号の弁済を受ける為め申立会社は相手方に対し原契約公正証書に基く債務名義を使用することが出来る。

(3)  申立人は相手方等に対し延滞金に付利息制限法最高率の割合による損害金を附加請求することが出来る。

五、申立人は相手方に対し昭和三十年十一月以降引継いで舞子ホテルを次の条件で使用せしめねばならね。

(1)  本件当事者の公正証書による原契約を更新して踏襲する。

(2)  右原契約上の建物等使用料並に損料は月額金十五万円也とし固定資産税の分担金並に建物に対する職業別割増保険料は当分の間免除する。

(3)  相手方の申立人に対する保証金供出義務は当分の間之を猶予する。

(4)  相手方が(2) の使用料並に損料の支払を満一ケ月以上怠つたときは申立会社は其時を以つて何等の手続を待たず相手方に対し契約を解除して建物其他の寄託物の明渡返還を請求することが出来る。此場合相手方は文書に基いて権利を保留した以外の造作其他の設備の買収請求若くは名目の如何に拘らず金銭上の要求することなく無条件で建物その他の占有物を申立会社へ返還すべきものとする。

(5)  相手方は原契約条項若くは本裁定条項上の申立会社に対する債務の不履行を原因とする契約解除の場合は其解約の時から現実に建物等一切の受託物を申立会社に返還完了する迄契約上の月額使用料損料等の倍額に相当する損害金を負担支払義務あるものとする。

(6)  相手方清水留吉は以上相手方会社が申立会社に対して負担する本件関連一切の債務に付相手方会社と連帯して其支払を保証すべきものとする。

六、本件仲裁判断の報酬並に費用は双方折半負担とする。

七、本件に関する訴訟の管轄は神戸地方裁判所とする。

事実

申立会社の主張

一、申立会社は相手方清水留吉に対し昭和二十三年十二月二十五日附覚書に基く伸士協約によつて本件神戸市垂水区舞子町所在の舞子ホテルを当時ホテル業経営のため使用した設備の諸物件有姿のまま向三ケ年間の期限を定めホテル経営のため貸与する契約をした。

二、右契約期間満了の際双方協議の上昭和二十七年一月七日公証人佐藤平亮役場第八万弐千参百四拾五号建物等使用に関する契約公正証書に基いて大要次の如き条件で申立会社と相手方等間に右ホテル経営継続のための契約を締結した。

(1)  此契約では借主を相手方株式会社時雨(以下単に相手方会社と称する)とし其連帯保証人を相手方清水留吉とした点が第一項の元の契約と相違する。

(2)  此契約では舞子ホテルを従来経営して居つた諸施設を老舗共有姿の儘申立会社が提供する点で単なる賃貸借と異なる特殊の信託関係のある契約である点を指摘して相手方等は特に受託物件管理使用に善良な管理者の注意をする外良心的にホテルの経営をすることを約諾した。

(3)  使用料及損料は月額金十五万円で毎月二十五日限其月分を支払うこと。

(4)  建物主体の保存上の修繕は申立会社が必要と認める時実施するものとし相手方借主は建物造作庭園其他工作物の変更修繕は申立会社の文書による承諾を求めるものとすること。

(5)  土地建物に対する固定資産税は相手方等の負担とし毎月金二万円宛を使用料と共に支払うこと、過不足は満期の際精算すること。

(6)  建物火災保険料中職業割増保険料金電燈電力水道瓦斯電話料等は凡て相手方会社の負担とすること。

(7)  申立会社の設備した畳建具家具什器備品等の破損紛失修理等は凡て相手方会社の責任とする。

(8)  保証金は三ケ月分を(約五十万円)申立会社へ差入れる。

(9)  契約期間は同年十二月二十七日限りとし双方協議の上継続することが出来る。

(10) 満期の場合建物庭園其他に付補修改造した諸施設は無償有姿のまま申立会社へ返還すること。但し文書で別の協定あるものは其協定に従う。

(11) 相手方会社及相手方は債務不履行の場合強制執行を受けても異議ない書認諾した。

(12) 此契約に付て紛議を生じた場合は仲裁判断で解決するための仲裁人の選任方法等を定めた仲裁判断契約を附加したこと。

三、然るに相手方会社は昭和二十八年以来順次使用料等の支払を遅怠する度合が甚しくなつて誠意ある解決の見込が立たないので申立会社は前示仲裁判断契約条項に基いて自ら仲裁人永由武秋氏を選任する一方昭和三十年二月四日を初めとし数回に亘つて相手方側の仲裁人選任方を催告したがなかなか選任しないで遂に其選任方を裁判所に提訴した結果漸く仲裁人中谷吉次郎氏の選任通知を受けた次第である。

四、而して昭和三十年六月三十日現在の延滞額の計算関係は次の通りである。

一、金二百十万円也、使用料及損斜(月額十五万円分)

一、金九十九万八千十九円也、固定資産税延滞額

一、金十四万八千八百円也、職業割増火災保険料延滞額

合計金三百二十四万六千八百十九円也

五、如斯一ケ年以上の使用料延滞を重ねて依然誠意ある解決見込がない以上契約解除の上明渡返還等の請求を余儀なくせられる状態に立到つた次第である。

相手方の主張

一、相手方は本件使用料等支払の遅延は舞子ホテルも一般経済界不況の余波を蒙つて経営難に陥つた結果であつて申立会社に迷惑をかけて居る点は遺憾であるが其解決方法として大巾の減額を申出て居るに拘らず其承認を得るに至らない儘順次延滞を重ねたもので他意はないばかりでなく、極力根本的経営方針の建直につき研討中であつて建物等の保管維持に付ても特別の愛情と苦心を注いで可及的速かに妥結を切望して来たもので折角の着手事業の大成に特別の考慮と協力を求めて止まない。

二、又相手方は前示の如く使用料の減額申入れをした結果契約条件の使用料等が減額せられたものである如く解釈して延滞額は申立会社主張の様な巨額でなく昭和三十年六月末現在で金百二十五万円であり今後も月額十万円程度で使用を継続せしめらるべき旨強調する結果、固定資産税の負担、職業割増火災保険料の如きは到底其負担に堪えないので当然免除を求める旨附言して居る。

三、相手方は右ホテルの経営担当以来あらゆる犠牲に堪えつゝホテルの設備改善補修につとめて巨額の資金を投入しつゝ今日に及んで居るので此資産と従来の努力を活用するためにも経営の継続を切望する次第であるので申立会社側でも出来る丈けの譲歩協力によつて相手方が素志の貫徹出来る様な裁定を期待して止まない。

理由

仲裁人両名は本件について当事者間の契約書其後の関係往復文書を初め現場舞子ホテルの検証を行つた上申立会社側多田昌一郎の外本人訊問の意味で日下部久男を又相手方本人清水留吉の訊問をして慎重且精細の調査研究を重ねた結果一般経済界の変動状態、営業成績並に将来の見透し両当事者の能力熱意等の外法律上の権利義務関係と係争事案解決の便宜等の諸点を彼此考慮加減の結果将来ヘの継続経営可能の目標の下に主文の如く裁定した。

昭和三十年十一月十四日

明石市大蔵町六丁目二四六一

中谷吉次郎

西宮市南昭和町六二番地

永由武秋

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